31:

 

花泥棒





……で、ゴルさんよぅ。どうして一緒に帰ろうとかいってたくせに図書室に足運んでるのよ」
「ぶー、ぎんちゃんだって居座る気じゃない。カバン下ろしてくつろいじゃって」
 図書館に備え付けのソファにのんびり座るあたしたち、もちろん図書室は大声禁止だからかなりのひそひそ声でお喋りを続ける。
「それにね、考えてもみなさいな、ぎんちゃん。図書館だの図書室って言うのは偉大なのよ。無料で、いくらでも、それなりの質の本が読めるんですから。好きなだけヨ好きなだけ。椅子があるんですから座り読み可!」
 あいにくながらあたしそこまでの文学少女ではない。「うん、ちょっとさっきの言葉には突っ込みたい点いろいろあるけど、肯定しとく」
 ぎんちゃん酷ぉい、そんなゴルさんの笑い声を聞いてあたしゴルさんの方へ倒れこむ。
「わわ、何?」
「酷いぎんちゃんからの仕返し」
 そういてちょっと姿勢をずらして膝枕。うんゴルさんの膝枕は高さがあう。
……髪の毛くすぐったいですよー」
 あたしの短い髪が腿に当たるのだろう歯がゆそうな口調でゴルさんは言う。ふふふ短いスカートなんぞはいてくるから悪いのだ……というあたしもスカート短いんですが。
 といきなりゴルさんは思い出したように、いや実際思い出していった。
「あ、新聞とってー。今日読んでくるの忘れちゃったのよ」
 毎日毎日家を出る前に新聞を読んでくるというゴルさんは女子高校生の仲で結構珍しい部類に入ると思うのだがどうだろう。ともかくあたしは腕を伸ばしてどうにか新聞を取る。殆どの図書館がそうであるようにこの学校の図書館もいくつかの新聞が置いてあるけど、たまたま手に出来たのは地方新聞。あたしの家はコレだけどゴルさんの家は違うみたい全国紙だったはずだから。
「あいよ」
「ありがとさーん」
 さすがに読書というか読新聞タイムのゴルさん邪魔しちゃ悪いからあたしは膝枕をやめる。ああさらば膝枕なんと短い時間の逢瀬。
 ……まぁこのまま馬鹿言ってるままでもいいんですが。
 ゴルさんは本当にガサゴソと新聞を広げ始めてて。こうなると読み終わるまであたし暇だから仕方なしじゃぁあたしも新聞読もう。最近読んでないし。
 で手にしたは全国新聞。ふふふナニが一番の楽しみって社会面の四コマ漫画そのつぎはテレビの番組表くらい? ――などとえらく不真面目にあたしが新聞読んでる間に一面から至極まっとうにゴルさんは読みふける。
 ――そして彼女、なんてこと嗚呼珍しいいつものポーカーフェイスを崩して。
「ちーちーちー……
「チチ? 揉む?」
「チチ違う、下ネタやめぃ。ちょっとぅ、なんだか大変な記事載ってますよぅ」
 なになになんですかゴルさんあなたをそこまであわてさせる記事って。ああ気になると彼女の指差すところにヒョイと顔覗かせて見やれば。「花泥棒?」
「花泥棒!」
「声大きい」
 はいゴメンナサイとまたひそひそ声になったゴルさんは呟いた。
「はーなーどーろーぼーうー」
「うん読み方はもう十分すぎるくらいに分かってるけど。なにこれ花泥棒あつまるって」
「集まるちがう、現る。集まってどうするんですか、泥棒さんの集会新聞にばれたら簡単に捕まっちゃうじゃないですか、大変ですよそうなったら」
 あたしの読み間違い指摘してくれてその上泥棒の心配までしちゃってからゴルさんは話が違う方向に流れそうになってることに気づく。「ともかくね、また現れたのですよ花泥棒」
「へぇまた?」
「うんまた」
 しかも場所まで同じなのですよ、ゴルさんの指差すところを見てみれば見覚えのある三文字の名前。
「これゴルさんのトコじゃん」
「そうだよう、だから大変なことって言ったんですよ」
 ああなんだだから大変なんだとか言っちゃうとまるでゴルさんが郷土愛に満ち溢れた少女みたいだけどソレはない。絶対無い。
「何でそれが大変につながんの」
「よくよく見てみてよぎんちゃん」
 ゴルさんもう文中を示そうとしないので仕方なしにあたしは斜め読みで本文を読んでゆく。なになに花泥棒ふむふむ根こそぎとってゆくうんうん……だから? 「なによ根こそぎとかのあたり?」
 でも確かこの花よくホームセンターとかに売られてる気がするけどどうなのかしら。
……それもあるけど、ちがうのー」
 ゴルさん、あのねと首をかしげる。あたしはじっとゴルさんを見つめる。
「この花ね、うちの村の花なの」
……村の花」
 そんなものが存在するのかとつぶやきたくなってやめる。そういえばうちの市にもあったようななかったような。どっちだいや多分あるんだろうけど。
 しかし村の花村を象徴する花を盗まれるとかなら大変だ。うんそうに違いない。
「それでね、ここ、少なくなった日本古来の種の咲く自生地なの」
 ……なるほど。
「どんどんなくなっちゃう自生地から、どんどんなくなっちゃう品種をね、とってゆくのよ」
 なんでかなとはゴルさんは言わなかった、ソコまで彼女は弱くない。ただ溜息をついてそれからすこし困ったような彼女の笑みを顔面に浮かべる。困ったような微笑であたしに向かって言葉を発する。
「イヤになるよね」
「イヤになるなぁ」
 それ以外何もいわない。あたしもゴルさんも何も言わない。それからゴルさん新聞読み続けるの諦めるのか壁にかかる時計を見た。
「なに、もう時間?」
……そうじゃないけど」
 ゴルさんあたしに新聞渡しあたしは素直に受け取って新聞おきにもどす。そのスキにゴルさんは立ち上がってスカート払って今度はとても素直な微笑で。
「かえろっか、ギンちゃん」
……おうよ」
 あたしもスカート払って荷物を持ってゴルさんに荷物渡して。よし行きますかとばかりに図書館のドア開けて廊下に出る。図書館を出るときゴルさんはちらりと新聞の方を見ていた。花泥棒の記事はゴルさんの取っている全国紙にも載っているだろうか。いや多分乗っている。そしてゴルさんは家に帰ってそれを見てまた悲しいような気分になるんだろう。
 困ったような微笑を浮かべたゴルさん、そしてまったく姿は見えない花泥棒。
 なんだかあたしまで悲しくなる。
 あたしは悲しくなって悲しくなって玄関までたどり着いたときにクルリと一回転してゴルさんの前に立ってみた。
「ねぇゴルさん」
「ん? なぁに、ギンちゃん」
「どうせなら、あたしたちで捕まえてみる?」
「え?」
 真っ黒なスニーカーを下駄箱から出して反対に上履きを下駄箱に入れたゴルさん、素っ頓狂な声を上げて。
……もしかして、さっきの、花泥棒?」
「うん、もちー」
 真っ白な上履きでくるくるとまわりつつ自分の下駄箱に行くあたしは答える。ゴルさん一瞬黙り込んでから、笑う。わらってわらってわらって、あたしが靴を下駄箱から出して上履きを入れて靴を履いてゴルさんの前でちょっと不審そうな顔をしてもまだ笑って。
「わたし、ギンちゃんのこと大好きよ」
 そんな突飛なこと行ってくれるの、多分ギンちゃんだけ。
 そういって、また笑う。