34:魔法
模擬翼
よし。
カルティーツァはしっかりと頷いた。太い木の枝の上に仁王立ちになり、眼下を見下ろしている。
調子は万全だ。ドクター・ヴァゼイの作った模擬翼は完璧だし、魔力も満ち溢れている。ついでに、状況までバッチリ――いま地上では、カルティーツァの相棒とも言える男が、謎の黒マントに襲撃されている最中だった。
模擬翼で格好よく降り立ちながら、魔法発動。
一撃にしてやつけてやる、とカルティーツァは心の中で意気込む。
それなのに彼女がまだ少しのためらいを残すのは、果たしてこの模擬翼が正しく作動してくれるかが一抹の不安になっているから。
カルティーツァが模擬翼をつけたのは、生涯これが二度目。一度つけるだけでも莫大な金がかかるこの模擬翼で、彼女は一度失敗していたのだ。
あの時は悲惨だった。彼女の模擬翼が飛翔中に根元からもげた。彼女の重みに模擬翼が耐えられなかったのか、それとも彼女の魔力に耐えられなかったのか。
一般的に模擬翼は魔力の増幅器として存在している。これを介して、より純粋で最大限の力を使う。それゆえ、模擬翼は魔力を持つものにとっては重要な位置を占めているのだ。
それが捥げた。そのときカルティーツァの魔力は一瞬にして失われていった。そして彼女は重力にしたがって、落ちた。
もしそのとき、地上が何もない地面だったら彼女はそのときにすべて終わっていただろう。しかし、幸か不幸か下は雑木林であった。彼女は落下の最中に何度も木々にぶつかった。そして衝撃は少しずつ弱まり、彼女は生きながらえることが出来たのである。
今も、ようやくトラウマが色あせ、大枚をはたいて取り付けてもらった模擬翼で飛ぼうとする今も、やはりあの落ちてゆくときの感覚が思い出されてしまうのだった。
だが、ドクター・ヴァゼイをカルティーツァは信用していた。心の奥底から。相棒の次くらいには、信用しているのだった。
彼の仕事は完璧だ、というのがドクターの作った模擬翼を一目見た瞬間にわかった。
今もそうだ、カルティーツァは自分の模擬翼を横目で見た。伝わり、増幅された魔力が模擬翼を美しく染めている。白から黄、黄から橙、橙から赤へ。以前の模擬翼とは雲泥の差だった。
「カルティッ!」
下から相棒の声が聞こえた。切羽詰った声だ。見てみれば、なるほど劣勢らしい。
ずいぶんと物思いにふけっていたのね、となぜか笑ってしまった。心に余裕がある証拠だろうか。
黒マントが、戦闘中にもかかわらずちらりとカルティーツァを見上げた。
気づかれた。その隙を狙って相棒は攻め入ろうとするが、あえなくかわされてしまう。これこそ出番、とカルティーツァは呪文を口にした。大きく模擬翼を広げながら。
「来たれ終焉の炎、我が手に宿りて我が命を聞け。我が名はカルティーツァ、王の名を継ぐものにしてそなたらの友の名である。集え争乱の炎、我が前に降り立ちて我が命を聞け!」
模擬翼が風を切る。
カルティーツァの手のひらの中で魔法陣が広がり、炎の精霊が集結を始める。
「炎よ、我が力に変わりて、我が敵を滅ぼせっ!」
イラストには竜棲星-Dragon's
Planet様の素材を使わせていただいております。