96. 病気

 




 ミオは生まれつき体が弱い。
 だからわたしたちと一緒に走ることも出来ない。
 何も出来ない。

病気持ちの彼女





 喧騒にまぎれてミオの耳に言葉が届いてきて。
「馬ー鹿ーにーしーなーいーで!」
 ミオが珍しく怒声を張り上げた。
 いつも穏やかで、めったに怒らないというのに。
「聞いてみればなんですって、わたしがカワイソウ? ふざけないでよね、一体誰がどう考えたかなんて知らないけどね」
 ミオは机を叩き、「わたしは誰かにカワイソウなんて言われる人生送っちゃいないのよ!」
「ミオ、やめなよ」
 止めに入ったアキラの言葉を鋭い一瞥で蹴りすてる。
「うるさい、黙ってて頂戴アキラ」
 そしてゆっくりとした動作で席を立ち、教室の中央へ歩いていく。
「確かに、ええ、わたしは健全者ではないかもしれないわ。心臓は悪いし足も悪いわね。その上免疫弱いから病気にはかかりやすいわ」
 でも。
「だから何、それが何。
 わたしはあなたたちが体験したことなんてないことを体験し、知っているわ。経験ならあなたたちに負けない。時は金なりなんてよく言ったものね、わたしは、嘘じゃない、あなたたちの一生以上の時間を、今の段階で得ているのも同じよ。
 同情なんていらないのよ。何にもならないわ。わたしのことをよく知らない人間に言われると腹が立ってくるの。分かる、何でだか。わたしにしてはあなたたちのほうがよっぽどカワイソウな人生を送っているようにしか見えないからよ!」




 ミオは綺麗だ。
「あら、ありがとう」
 ミオにそう告げると、極上の微笑でぎゅっと抱きついてくる。「嬉しい」
「ねぇ、ミオ。やっぱり一寸さっきの言い過ぎだったんじゃない?」
「そう?」
 アキラの言葉に、ミオはすすっと綺麗な顔を傾けた。「本当のことだけ言ったつもりだったけど」
「あなた、いつもそれで失敗してるじゃない」
「あら、失敗とは酷いわね」
 クスクスと笑い。
「まぁ、本当のことだとは想うわよ、わたしもね」
「ありがとう、アキラ」
 全くねぇ、と同じ動作で空を見上げる。
「誰がカワイソウでだれがカワイソウじゃないかなんて、そう簡単に決められるもんじゃあるまいし」
「ね、同情するなら金をくれーっ! ってね」
 懐かしいわね。
 つぶやいて、笑う。
 クスクスと、ミオの笑い声が空に消えていく。




 ああ、でもゴメンナサイ、ミオ。
 わたしはあなたに同情を抱かずにはいられない。


 どうしてこんな綺麗なあなたが。聡明なあなたが。
 天は人に二物を与えず
 その言葉を思い出しては、同情せずにはいられない。

 カワイソウなミオ。
 カワイソウなわたし。