花(『チューリップと花言葉』空白の数日間、二)



「ヘブンさんが咲いたー!」
「ヘブンさん?」
  房藤空木 (ふさふじうつぎ )の声を聞きつけ、青木 和尚 (かずたか )が歩み寄ってきた。
 温室の隅に座り込み、すごいすごいと連呼している空木。その姿を見て、和尚は疑問を抱いたようだ。
「ヘブンさんって誰?」
「あ、和尚くん。ほら、見て。ヘブンさん」
 指さす先に、可愛らしいバラが花を咲かせていた。
「へぇ。ブルーヘブンか。そういや、バラって春咲きだったな」
「ヘブンさんは四季咲きだから秋まで花楽しめるんだよ〜」
 ブルーヘブン。青いバラと言われるが、花弁が青っぽいというだけで、真の青ではない。シルバーブルーのその花弁は可憐で繊細だった。
「ブルーヘブンのヘブンさん。今年庭植して初めて咲いたんだよ」
 喜んでいる。なんというか、自分の子供をもったようなああいう感じ。
・・・・・・親ばか」
「なにおぅ!」
 呟きが聞こえたらしい。空木が突っかかってきた。
「だって、ヘブンなんて名前付けてさ、親ばか度が」
「愛着を持つために名前付けたの。かわいいからいいじゃん」
 我が子が一番かわいい。というあれか。そんな空木を見て何となくかわいいと感じる。
「はいはい。かわいいかわいい」
 空木の頭を撫でながら和尚はその場を丸め込もうとした。
 だが、逆効果だった。
「身長縮むからダメだって言ってるでしょ!」
「縮むわけないじゃん」
「縮むの!  和尚 (おしょう )のばかぁ」
「オショウいうなっていってんだろ」
 暴れ始めた空木を (なだ )めつつ、改めてヘブンさんもとい、ブルーヘブンを眺めた。
「やっぱり真の青じゃないんだよな」
 青いチューリップを完成させると宣言する和尚。新種の青いバラを眺めながらぼそりと呟いた。
「青いバラができたら、花言葉ってどうなるのかな」
「花言葉?」
 唐突に話を変えた空木。その変化に和尚は一瞬対応できなかった。
「ほら、花言葉って色々あるじゃない。バラって『愛』とか『美』とかそういう花言葉があるんだけど、色とか花弁の形でまた花言葉が違ってくるんだよ。紅いバラだったら『熱烈な恋』とか、白いバラだったら『純潔』とか」
 さすが女の子というべきか。淡々と花言葉を言っている。
「どうなるんだろうね」
「オレに言われてもわかんないよ」
 どういう基準で花言葉が決まっているのか見当がつかない。わかるわけない。
「青いチューリップも花言葉わかんないよね」
「そういうことになるな。チューリップってどういう花言葉があるんだ?」
「んー、全体的な意味合いは『博愛』とか『思いやり』とか・・・・・・かな」
「なんか聞いてると花言葉って告白系多くないか?」
・・・・・・言われてみればそうかも」
 今聞いただけでも「愛」だ「恋」だという単語がおおい。空木はあごに手を添えて真面目に考えているようだ。
「アオキも確か告白系な花言葉・・・・・・
「え? オレ?」
 自分の名前がでてきて驚いた。空木はちょっと焦って、訂正した。
「アオキっていう木があるんだよ。それにも花言葉があったなって」
 アオキっていう名の樹木あったんだ。和尚は驚いた。
 どうやらアオキは学校の敷地内にあるらしい。空木は立ち上がり、案内してくれた。
 第一温室をでて、二人は近くの庭へ向かった。
 庭師のおじさんが毎日手入れしてくれる庭。学校の一角に存在し、生徒たちの憩いの場となっている。空木はその庭に入り、目的の樹木の前で足を止めた。
「これだよ」
「ほんとうにあった」
 幹にくくりつけられているプレートには『青木』と書かれている。漢字まで一緒というのは恥ずかしいものだ。
「なんか自分の名字が植物名っていうの恥ずかしいな」
「和尚くんはまだいいほうだよ。私なんて、名前全部が花の名前なんだから」
「うそ」
 ほんとだよ。と空木は笑った。
「ブッドレアっていう秋に咲く花があるんだけど、あれの和名が房藤空木なの」
――わぁぃ」
 すごいでしょ。と空木は微笑んだ。両親が楽しんで名を付けたらしい。今になってはひどい話だが、空木はこの名前を気に入っていると言った。
「あ、花咲いてる」
「へ? どこ」
 どこにも花なんて咲いてないじゃん。と突っ込みたかったが、空木が指さしたところに目立たない花らしきものが。
・・・・・・花?」
「うん。花だよ」
 あずき色の小さな花。悪く言えば、地味。
・・・・・・
「アオキの花ってなかなか見られないんだよ。ちょっと得した気分」
「え? そうなのか」
「うん。目立たないから見つけるのがね」
 目立たないを強調され、凹む和尚。自分の名前と同じ植物で凹むって・・・・・・
「花は目立たないけど、秋になったら真っ赤な実をつけるんだよ。それがすっごく真っ赤で目立つんだよ〜」
「何でも知ってるな房藤は」
 幅広い知識を持っている空木に、和尚は感心する一方だった。空木は「そうでもないよ」と笑いながら答えた。
「女の子だもん。かわいいものとかきれいなものとか色々と見たり聞いたりしてるもん。それの積み重ね」
「へぇ・・・・・・
 女ってすごいんだ。と思わせる一瞬だった。
「ちなみに、これの花言葉ってどんなのだ?」
「『永遠の愛』だよ」
 永遠の・・・・・・。同じ名前の植物がたいそうな意味を持ったものだ。関係ないのに和尚の頬が熱くなる。
「歯が浮く」
「でも素敵じゃない。一途な愛だよ。一人の異性を生涯愛し続けるんだよ。ロマンチック〜」
 うきうきしている空木。恋だの恋愛だのの話になると、どうして女の子は盛り上がるのだろう。
「房藤だったら、男の一人や二人できるよ」
「できたらいいんだけどね」
 軽く笑う空木。なんだか、さっきより元気がないようにみえた。
 気のせいか。
「ブッドレアの花言葉って?」
 和尚の質問に空木は少し驚いているようだった。斑入りの葉を少し (もてあそ )んだあと、空木は和尚を見た。
「『私を忘れないで』」
 空木が笑った。夕焼けに染まる校内。淡いオレンジ色と、空木の姿が何とも言えない雰囲気を醸し出している。
 幻想的な雰囲気に和尚の心臓は高鳴った。
 空木の表情が逆光で見えにくい。しかし、空木の表情はさっきより暗い。
 花言葉のように、私をずっと覚えていてと訴えているように思えた。
 繊細で可憐な花。その美しさ故、儚い。
 今の空木はそんな感じがした。儚い小さな花。
 それがとても魅力的で。
 空木に惹かれている。改めて確認できた。空木のためなら何だってしてやれる。してやりたいという衝動に駆られる。
(あぁ、そうか。やっぱりオレは・・・・・・
 和尚はふっと、微笑んだ。
「忘れるわけないだろ」
 空木の頭を撫でながら言った。
「絶対忘れない」
 忘れたくても忘れられない。忘れたくない。
「ありがとう」
 空木の笑顔につられて和尚も微笑んだ。その幼い笑顔がかわいかった。
(やっぱりオレは、房藤に惚れてんだ)
 確信が持てた。房藤空木が好きだということに。
「もう暗くなってきたね。そろそろ帰らないと」
「そうだな。途中まで送るよ」
「ありがとう」
 消えてしまいそうな彼女。和尚は景色に溶け込んでしまう前に、空木の手を握った。空木は驚いていたようだったが、はねのけることはしなかった。
 夕日を背に、二人は歩いた。
 ほんの少しだけだが、幸せな時間だった。
「じゃ、またな」
「うん。また明日ね」
 空木を見送った後、自分も家路に急いだ。


 その日の晩、空木は体調を崩し病院に搬送された。
 和尚がこのことを知ったのは翌日のHRの時間だった。

空白の数日間二、終