ラト様が時雨崎様の小説「RCHT〜ルヒト〜」を二次創作した作品です♪

女帝

 

 

 ここは西方の街『ヒースメモリー』

 この街にはある盗賊の一団が住み着いていた。

 盗賊といっても貧しい市民相手に盗みをやっているわけでは無い。

 彼らは市民の税で私腹を肥やす腐った高官やその高官に賄賂を渡す貴族などがターゲットである。

 そう。彼らは義賊であった。

 それを治めているのがウィリアム・ゲイツ、この義賊の頭と呼ばれる存在である。

 頭であるからにはそのカリスマ性は勿論のこと、戦闘能力もずば抜けて高い。

 特に銃の扱いは超一級品である。

 大抵の人間がウィリアムと銃で対決した場合は銃を抜く前にやられてしまうだろう。

 その強さが伝わってか彼はいつのまにか『西の毒蛇』と恐れられていた。

 が、そんな彼でも絶対に頭が上がらない人がいる。

 それは……セフィア・レイハーツ……彼の幼なじみみたいな存在である。

 出会ってからずっと一緒に暮らしてる。

 しかし、ずっと一緒にいるのだがウィリアムはセフィアに頭が上がらない。

 そう、確かこんなことがあった。

 

 ある日の朝、ウィリアムはいつものようにセフィアと朝食を食べていた。

 勿論、セフィアの手料理だ。

 朝食のメニューは手軽にサンドイッチだった。卵やらハムやらが色とりどりに並べられている。

 どんな料理でもセフィアが作るなら美味しかった。

 当然のことながら、ウィリアムはいつもどおり美味しくサンドイッチを食べていた。

 しかし……

 ウィリアムは口の中で何か硬いものを感じた。

「これは、殻……だな」

 セフィアが卵を割ったときに誤って入れてしまったものだろう。

「あ、殻入ってた? ごめんね」

 セフィアがウィリアムに対して謝る。

 しかし、ウィリアムがこんなとを気にするわけも無く……そのまま飲み込む。

「がははは。カルシウムだ!」

 笑いながらセフィアをフォローするウィリアム……フォローしてる自覚は無いだろうが。

 そんな優しさにセフィアはつい嬉しくなって微笑む。

 しかし、ウィリアムはいつも一言多かった。

「でも、セフィアは卵も満足に割れねえのか。俺でも割れるぜ」

 本人に悪気は無いんだろう。

 でも、セフィアの顔色がみるみるうちに変わる。

 得意な料理をけなされたのだから仕方ないといえば仕方ない。

 そんなセフィアの顔色を見て、ウィリアムは自分の失言に気付く。

 とりあえず、この場から逃げようとするが時は既に遅し。

 

 セフィアの裏拳が顔面にヒットする。

 

 あんな細い腕から……どうしてこれほどまでの力が出るのか不思議なくらい痛かった。

 当然、ウィリアムは怒るのだが

「セフィア! 痛てぇだろう! 何でお前はいつもいつも……

 突然、怒声が途切れる。

 セフィアがこちらをにらんでる。

 そんな様子のセフィアをウィリアムは反射的に恐怖する。

「えっと、セフィア? その……ごめん!」

 素直に頭を下げるウィリアム。

……良いの。私が悪かったんだし」

 セフィアがにらみながらつぶやいた

「そんなことないぞ。セフィアの料理はいつもうまくて、いつも綺麗で、いつも、えっと、えっと、とにかく俺はいつも感謝してるんだ!」

 ウィリアムが一生懸命弁明をする。

 その言葉でセフィアの表情が和らいだ。

「ほんと?」

「ああ、もうセフィアが居なきゃ、えっと、えっと、俺は死んでるぜ」

 しどろもどろなのは嘘をついてるからというわけでは無く、なれない言葉を探してるからだ。

「そうだよね。ウィリアムは私が居なきゃ何にも出来ないもんね。うん、それじゃご飯食べよう」

 先ほどの顔は嘘のように今はいつもの微笑んだセフィアにもどった。

 そして二人は食事を続ける。

 

 結果的にウィリアムが謝ってこの場が静まったのだ。

 その他にも、こんなことがあった。

 

 ある晩、珍しく二人はお酒を飲んでいた。

 ウィリアムは良く部下達と飲むのだが、セフィアは滅多に飲まない。

 この時もウィリアムがセフィアを誘ったのだ。

「たまには酒も良いだろ?」

「あんたはたまにはじゃなくていつもでしょ」

「セフィアと飲むのは久しぶりだ」

「それはそうだけど……

「な? よし、今日は飲め」

 ウィリアムがセフィアのグラスに酒を注ぐ。

 セフィアはそれを一気に飲んだ。

「お? 今日はいけるな。よし、思い切り飲もうぜ!」

 ウィリアムがセフィアのグラスに酒を注ぎ、セフィアはそれを飲み干す。

 そんなことを続けていたから当然……

「あっははは。ウィリアムって変な顔だよね」

 セフィアがウィリアムの両頬を軽く引っ張る。

 もう酔っ払いである。

「おい、セフィア? お前、大丈夫か?」

「へ? 何が? あ、ウィリアムお腹空いたんでしょ?」

「は? いや、誰もそんなこと言ってない……

「よし、このセフィアさんにまかへなはい」

 もうろれつが回ってない。

 そしてセフィアはフラフラしながらキッチンに向かう。

 ウィリアムは危なっかしいのでついていく。

 と、突然セフィアが倒れた。

「セ、セフィア?」

 ウィリアムが慌てて駆け寄り、セフィアを抱き起こす。

「おい、大丈夫か? セフィア?」

「だい……ひょうぶ。……おやひゅみ」

 そう言ってセフィアは寝息を立て始める。

「なんだ、驚かせるなよ」

 ウィリアムは苦笑しながらセフィアを抱えて部屋まで連れて行った。

 そして次の日。

 朝早く、ウィリアムが寝てる部屋にセフィアが駆け込んできた。

「あんた! 昨日何したのよ!」

「あん? こんな朝っぱらから何のようだ?」

 ウィリアムはまだベッドの中に居る。

 面倒くさそうにセフィアの方を向く。

 セフィアの姿を確認したウィリアムは……飛び起きた。

 なんとセフィア愛用の剣、『散桜』が抜刀されている状態だったのだ。

「何で昨日の私の記憶が無いの! あんた私に何したの!」

「何って……部屋に連れて行っただけ……

「部屋? 動けない私を部屋に連れ込んだの? もう……許さない!」

 セフィアは甚だしく誤解をしてるようだが、その誤解を解いている暇は無い。

 なぜなら、信じられないスピードでウィリアムに打ちかかってきた。

 ウィリアムは間一髪で非常用に枕元に置いてあるリボルバー、『フレイム』の銃身で受け止める。

「セフィア! ストップ! それは誤解だ!」

 ウィリアムが必死になって叫ぶ。

「何が誤解よ!」

 セフィアが三連撃のコンビネーションをウィリアムに放つ。

 まずは相手の首の頚動脈を狙う左斜め上からの袈裟切り。

 それから返し刃で右のわきの下を狙い

 最後には相手の首か心臓を狙った突き。

 どれが当たっても致死量のダメージになるはずだが、ウィリアムはこれを全部避ける。

 ウィリアムはセフィアの太刀筋を知り尽くしていた。

 昔からの幼なじみなのでそういうのも自然に覚えてしまったのだろう。

 全てをよけられたセフィアは一度間合いをはずした。

 それから何を思ったかまた三連撃を繰り出した。

 先ほどと同じように全てをよけるウィリアム。

 だが、今回は三連撃では無かった。

 最後の突きをよけたウィリアムに襲い掛かる第四の攻撃があった。

 突きを横に避けたウィリアムの死角から黒い物体が飛んでくる。

 

 それがとても響きの良い音を出しながらウィリアムの顔面に直撃する。

 

 いつ、何処から出したのかが不明だがセフィアの右手にはフライパンが握られていた。

 剣の突きは左手一本でやったみたいだ。

 よけられることを計算に入れての攻撃であった。

 殴られたウィリアムは毎度のごとく気絶する。

 そしてセフィアも毎度のごとくウィリアムを置いて去っていく。

 

 これもウィリアムの負け。

 だがウィリアムも負けっぱなしでは無い。

 彼は一度だけセフィアに反撃を考えたことがあった。

 

「セフィア、これやるよ」

 いつだったかウィリアムがセフィアに綺麗に包まれた大きな箱を手渡した。

「え? どうしたの?」

 当然、セフィアは驚いた。

「いや、いつもお前に世話になってるからなプレゼントだ!」

 ほんのりとセフィアの顔が赤くなる。

 そしてウィリアムから箱を受け取る。

「あ、ありがと。……開けてみても良い?」

 ウィリアムはうなづく。

 ゆっくりと箱をあける。

 そのセフィアの顔は満面笑顔だった。

 セフィアがふたをとったその瞬間……

 中から人形が飛び出してきた。

「キャッ!」

 セフィアが驚いて箱を床におとす。

「がはははは。驚いたか! 日ごろのフライパンの恨みだ」

 そう言ってセフィアのフライパンが飛んでこないうちに一目散に逃げるウィリアム。

 そう。その箱は古典的なビックリ箱だったのだ。

 一人取り残されたセフィア。

 もう、その顔には先ほどの笑みは無かった。

 

 そしてその日から数日後。

「ウィリアム。これあげる」

 セフィアが満面の笑みでウィリアムに手のひらサイズの小さな箱を差し出した。

 その箱には可愛らしいリボンなどで包装されていた。

 ウィリアムから見ればあからさまに怪しい。

「これ、なんだ?」

 ウィリアムが慎重にセフィアを問いただす。

「いつもウィリアムにはお世話になってるから感謝の気持ち」

「そ、そうか。ありがと」

 ウィリアムはその箱を受け取った。

 そして脇に置く。

「あけないの?」

 セフィアが不思議そうに聞いた。

「あ、ああ。また後で……

 そんなウィリアムの言葉を

「ダメ。今、あけて」

 有無を言わさないセフィアの言葉が遮る。

 その顔は笑顔だからなおさら怖い。

「わ、分かった」

 ウィリアムは仕方なく箱をあけることにした。

 リボンをとり、ふたに手をかける。

 そして……少し間をおく。

 ウィリアムにとっては緊張の一瞬である。

 自分が渡したように人形が飛び出してきたならばまだ可愛い。

 もしかすると刃物が飛び出すかもしれない。

 いや、下手をしたらこの箱の中がすごい精密なしかけになっていて開けた瞬間に銃が発射されるのかもしれない。

 どちらにせよ、油断は死につながる。

 ウィリアムがこんなことを考えながらふたをあける。

「あれ?」

 そんな予想に反して中から飛び出してくるものは無かった。

 箱の中にはおいしそうなクッキーがたくさん入っていた。

 ウィリアムはその中の一つを取り出す。

「えっと、これは……なんだ?」

 そして不思議そうにセフィアに質問する。

「何ってクッキーに決まってるじゃない。ウィリアムのために焼いたの」

……

 ウィリアムはまだ事情が飲み込めなかった。

「久しぶりに焼いたからおいしくできたか分からないけど……食べてみて?」

 セフィアがほんのりと顔を赤くしながら言う。

「あ、ああ」

 とりあえず、危険がないと判断したウィリアムはクッキーを食べる。

 それは……ものすごくおいしかった。

 文句無く普通のクッキーである。

「どう?」

「すごく上手いぞ。うん。上手い!」

 ウィリアムは緊張が解けたのか、ここで初めて笑顔がこぼれた。

「良かった。それじゃ、紅茶入れてきてあげるね」

 セフィアがキッチンに向かう。

 その間もウィリアムはクッキーを食べてる。

 それは、本当に美味しくて、手が止まらなかった。

「うん?」

 そこでウィリアムは気付いた。

 クッキーは本当に美味しい。

 でも、手が止まらない。クッキーを食べずにはいられない。

 箱の中を見るといつの間にかあれだけ沢山あったクッキーがもう残りわずかだった。

「おまたせ」

 セフィアが紅茶を片手にもどってきた。

 そしてウィリアムに差し出す。

「サンキュー」

 ウィリアムはその紅茶をもらおうとしたが……

「あれ?」

「ウィリアム、どうしたの?」

「いや、紅茶が二つに見える」

 ウィリアムがうつろな目でセフィアが持っているコーヒーカップを見つめる。

 勿論、セフィアは一つしか持っていない。

「どうしたの?もしかしてクッキーにあたっちゃった?」

 セフィアが微笑みながらウィリアムに聞く。

 その微笑を見てウィリアムは気付く。

 しかし、気付いたときには既に遅い。

 ウィリアムに急激な腹痛が襲ってきた。

 そして吐き気。

 そんな姿を微笑みを崩さずに見てるセフィア。

「この前のこと謝ってくれたら、解毒剤あげる」

 セフィアがウィリアムの目の前に錠剤の薬を見せる。

「分かった。俺が悪かった。すまん」

 ウィリアムは一刻も早くこの苦しみから解放されたかった。

「本当に反省してる?」

「ああ。俺が悪かった」

 そんなウィリアムを哀れに思えたのかセフィアはウィリアムの口の中に錠剤をいれる。

 それを飲んだらたちまち全てが収まる。

「お前……何入れたんだ?」

 ウィリアムがこわごわとセフィアに聞く。

「秘密。今度ひどいことしたら食事に混ぜるからね」

 そんな捨て台詞を残して部屋を出て行くセフィア。

 先ほどの地獄を思い出しながらセフィアの背中を見送るウィリアムだった。

 

 そう。いつもセフィアに敵わないウィリアム。

 ウィリアムはこの力関係を変えることが出来るのであろうか?

 いや、当分出来そうに無いだろう。

 そして……今日もフライパンの音が鳴り響く。

 

おわり