お題40「携帯電話」
携帯電話を手放せない、そういう若者は少なくない。
私もその一人だ。
これが無いと連絡もつかないし、今の生活ではかなり不便になるし、それに……。
「ふぅ……」
私は携帯の画面を見つめたまま、溜め息をついた。
「どうかしたの?」
私の友人がそれに気付き、私の方に顔を向ける。
「いや、別に」
「サークルの子がまた何か言ってきた?」
「ううん、違うよ」
大学構内。
何の変哲もない教室。
ちょっと汚れた白い壁、3人がけの机にイス、教卓に黒板、そんな本当によくある教室。
そこには私と友人の2人だけがいた。
夜ということもあって、周りに人の気配は感じられない。
「なんか難しい顔してるね」
「そう?」
「うん、なんていうか、笑っているようにも見えるし、苦笑? でもちょっと悲しそうにも見える」
友人が並べる私の表情。
鏡を見ていたわけではないので私にも実感は無い。
でも考えてたことから、そういう表情になってたんだろうなと私も思う。
「SDカードって携帯にあるじゃん」
「うん」
「バックアップデータがいろいろあるんだけど」
携帯電話に差し込んでアドレスなどのバックアップを保存しておくのが主な使われ方の小さなSDカード。
私の携帯にも差し込まれている。
意外にも人付き合いの多い私のアドレスはもう100件超えてるし。
「メールも、保存してあるんだ」
携帯も日々過ぎていく、というところなんだろうか。
メール受信のファイル容量を超えれば消えていく。
まるで思い出を人が忘れていくように。
「SDカードにはさ、結構前のメールもあって……あの人のメールもちゃんと残してあるんだ」
「そうなんだ」
去年の8月のメール。
これが私とあの人が最初にやりとりしたメール。
あの人――私の好きな人。
その後いろいろいっしょにやることが多かったからメールのやりとりは結構したかな。
事務的なメールしかないのに、私は消えることの無いようしっかり保存している。
「未練がましいよね、私」
「そんなことないよ」
友人が首を横に振り、優しく言う。
私が言ったわけでもなく、でも見てればわかったのだろう。友人は私のあの人への想いを知っている。でも、入り込んではこなかった。全てが終わった日、何となくそうかなって思ってたよって教えてくれた。
「何かさ、消えるの、怖いんだ」
私はメールのやりとりがとにかく多い。
イベントがあるともう1日に10件ぐらいやりとりをしていた。
そんな日々を送っていると、消えていくメールも多い。
「全てが幻になっちゃう気がして……」
「…………」
あるものが消える。私は、大切な人をこの世から失ったことのある私にはそれが怖く感じた。
私とあの人は特別親しいわけではない。
たしかに係の中では仲が良いと言われていたけれど。
任期が終わった後はそれぞれの場所に戻って別々の道を歩む、今みたいに。
一時期たくさんの時間いっしょにいたのが嘘のように、今は会うことも無い。
「メール見ると安心する。たしかに私もあの人もいて、繋がっていた時が存在したんだって思えるから……」
気休めでしかない。
過去にすがっているだけ。
弱くてみじめな私にはぴったりだ、そう思って自嘲的な笑みを浮べる。
「物に残って無くても……」
友人が静かに言葉を飛ばす。
私は顔を上げて、友人を見た。その、優しい笑顔を。
「あの人はちゃんといたよ。君と、いっしょにいたよ」
友人はクスッと笑って、私を見る。
「ドジやって、遅刻して、君に謝っているところも覚えてる。楽譜の相談したり、音楽用語を君に教えてた姿も。いっしょに仕事してたところも。2人が楽しそうに笑ってた場面も」
友人の言葉に私も思い出が蘇る。
少し、泣きそうになった。
あまりにもその思い出が鮮やかで……。
「私が、覚えてるよ。幻なんかじゃないから」
「うん……」
「あの人も、きっと覚えてるよ、君のこと。面倒くさそうに仕事してたけど、見せてた笑顔は愛想笑いなんかじゃないって」
「そうかな……」
「そうだよ。だっていい加減だったけど優しい人だったでしょ? あの人。だって君が好きになった人なんだから」
友人が笑う。
爽やかで、不安な思いが消えていくような、そんな笑顔だった。
「うん……」
「さて、もう遅いし、帰ろっか」
「そだね!」
私は友人と共に教室を出て、学校を後にした。
携帯を開けて、保存してあるメールを見る。
名残惜しいのか、やっぱり未練がましいのかわからないけれど、消す気にはなれない。
あの人以外の、大切な友達たちのメールも残っている。
ちょっと笑えるような文章だったり、それもそれで消し難いかなって思ったり。
「それにしても謝ってばっかだなぁ」
事務的なメールのやりとり。あの人のメールは謝ってる、そのことに思わず苦笑する。
「……?」
1通のメールに目が留まる。
謝っていない貴重なメール。
『無理はしない方がよろしいかと思いますよ?』
どういうやりとりがあって、このメールがきたのかはわからない。
携帯メールは本当にその人から届いているのか微妙なものではある。
でも、私は何故か今、またあの人にそう言われた感覚になった。
見慣れた、ちょっと困ったような、呆れたような、それでいて優しい笑顔で……。
「はーい、努めます」
私は小さく、人通りの少ない夜道で返事をすると、携帯を閉じ、家へとまっすぐ向かった。
携帯電話を手放せない、そういう若者は少なくない。
私もその一人だ。
この小さな電子機器には私の思い出がつまってる。
過去に縋っている愚か者と笑うなら笑え。
笑う人こそ私は可哀想と思う。
未練がましくも残したいと思えるような大事な思い出ができたことがないなんて私には哀れだ。
思い出があってこそ、過去があってこそ今の私がいる。
この先、携帯のメモリにも、SDカードの容量でも足りないってぐらい、消したくない大切な思い出ができるといいな。
夜風をきって進みながら、そう思った。
〜あとがき〜
“私”と“友人”の静かなお話でした〜。
実際は私=えい 友人=議長 のイメージで。
千鳥瑛子と錦川美奈子ちゃんで書いてもよかったんですが何となくこれで♪(意味不明)
携帯電話、持ってる人がほとんどな今日この頃。
高校までは持ってなかったんですが、大学からは使いまくってます。まあ大学生なら普通持ってますからね〜ゼミの子の連絡とか携帯でくるし。それにサークルは絶対携帯だし。
私の携帯、もといSDカードにはメールがかなり残ってます。
未だにあの人のメール見てはきゅーんとしたり(気持ち悪いぞえい……)
いや、笑うことが多いかも(あんまり謝るから/笑)
メールって文字のみのやりとりですし、感情が入って無いやりとりだーとかって上の世代の人は悪く言う人もいますけど、私はいつもメールを読むとき、その送り主の表情とか声とかまで画面に出るような気がします。だから感情はあると思います。といってもしょっちゅう顔をあわせている人じゃないと難しいですが。
どういう形でもコミュニケーションは大事だと思います。
人間一人じゃ生きていけませんからね♪