Subject No.63...　　"Tears"

　ま〜たお前は……。いい加減泣き虫も卒業しろよな〜！

　小さい頃泣き虫だった私に、彼はいつもそう言って叱ったものだ。

　幼稚園の時、他の男の子におもちゃを取られて泣いていた時も。

　小学校の時、マラソン大会の途中で転んじゃって泣いちゃった時も。

　中学校の時、部活で友達とケンカして泣いてた時も。

　そして高校の時、彼に泣きながら告白した時も。

　それから彼と付き合うようになって、楽しい事の方が多くなって、泣く事も最近は少なくなってきていた。

　けど、今日はまた泣いちゃいそう。ていうか、泣いてる。

　「馬鹿……また……泣いてんのか……？」

　いつもの声と違う、掠れた声。ベッドの上に横たわる彼にいつもの元気は無い。

　「仕方ないじゃない……！誰のせいで……泣いてると思ってるのよ……？」

　そう返した私の声も、同じように掠れていた。

　今日のデートの帰りに、彼は交通事故にあった。

　信号無視の乗用車に撥ねられたらしい。

　連絡を受けて、すぐさま彼が搬送された病院に向かった。

　お医者さんが言うには、回復の見込みは無いらしい。

　それどころか、意識があること事態が奇跡的な状況とのことだった。

　さっき会った時のとても無邪気で明るい笑顔は彼に無く、酷く弱々しい姿に見えた。

　そして、私は最期の時、彼と一緒にいる事を許された。

　「最期……なんだぜ？今ぐらい……泣かないで…欲しいんだけど……？」

　「やだ！最期だなんて言わないで！私を置いていかないでよ！」

　どんなに頑張っても、どんなに彼が望んでも、私の涙は止まる事はなかった。

　悲しみの結晶は止めどなく溢れて、頬を伝い、私が握る彼の手の甲に落ちた。

　「仕方……ねぇなぁ……じゃあ……さ？これだけ……約束して……くれるか…？」

　「……何？」

　彼が、私の手を少し強く握った。

　「俺がさ……いなくなったとしても……お前には……泣いて欲しくないんだ……」

　紡がれる彼の言葉は弱々しい。けど、それは私の頭の中に強く響く。一言も聞き逃さないように。

　「泣くだけ泣いたらさ……あとはさ……俺の分まで……笑って生きてくれな？」

　そう言って、彼は笑った。弱々しい、けど、無邪気な笑い。

　「わかった……！わかったから……ね？」

　そこまで言って、私は彼の手を強く握り返した。

　今は止まらない涙。彼の為に流れる涙を惜しむように、そして祈るように、強く握った。

　数分後、彼は息を引き取った。１９年の、短い人生を終えた。

　今はまだ、涙が止まる事はない。

　けど、私はきっと笑う事ができる。それが、彼が望んだことなのだから……

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Fin…