48:差別と偏見
花と山と女の子と。
「ああ君は高嶺の花、それならば僕は諦めるしかないのだろうか」
片膝ついて、まるで求愛でも求めるかのような手つきで。学年いちの秀才とうたわれてもよさそうな彼女は、わたしにそうささやきかけた。
「……まぁちゃん、なぁにやってるのよ」
わたしはちょっとあきれながら、読みかけの本から立ち上がるまぁちゃんに視線を移した。「酷いと思わないか?」
「何が?」
「この台詞だよ、もちろん」
もちろんってそんなのわかんないですよ、と思いながら、わたし本を閉じて。「なんで?」
ふふん、とまぁちゃんは笑う。
「それは君のがわかってるんじゃないのか? ねぇ、うちの学年唯一の女子登山部員さん」
「……」
にやにや笑って、ううん微笑んで隣の椅子にすわるまぁちゃんをねめつけ、わたしはそうよ、と胸を張った。
「でもできれば山岳部がいいんだけどね、まぁちゃん」
さてそれでは、山岳部員さん、とまぁちゃんは律儀に言いなおして。
「一体‘高嶺の花’ってなんだと思うかい?」
「え? 高嶺の花っていえば、ほら、高い山に咲く花のことでしょう? 手が届かないことを前提にいわれる比喩」
ふふふ、まぁちゃんは長い指を微笑む唇にあてて、満足げに二度三度頷いた。「まぁそうだけど。聞きたいのはそんな辞書上のことじゃなくて、山岳部員さんにとっての‘高嶺の花’ってことよ」
ああ、なんとなくまぁちゃんの聞きたいことが分かった。わたし、くるくると頭を回転させて。
「そうね、……一言で言うなら」
いうなら、とまぁちゃん、ちょいと挑戦的に笑う。「言うならこうね、『ぐだぐだ言ってねぇでさっさと山ぁ登りやがれ』……かしら」
わたし、マンガのお嬢様のように両手を顔のよこであわせ、にっこり笑む。
「こぉんな、わたしみたいなか弱い普通のオンナノコが山ぁ上れるのに、そこらの人が上れないわけ、ないでしょ」
ちなみに、とはまぁちゃん。「ちなみに、君はどれくらいの山登ったことあるわけ?」
「んー、前も言った気がするけど、北岳っていう、日本で二番目の高い山」
「そりゃぁ」
もうそれ以上の高嶺なんていったら、日本に一つしかないよな、とまぁちゃん。
「うふふ、そうよ」
なんだかわたし、誇らしくなる。自慢じゃないけど、めったにいないこんな女子高生。
「それだとさ、高嶺の花って」
まぁちゃん、人差し指をピシッと立てた。君に取っちゃァこうなるよね、「出来るかもしれないことを、努力も何もしないで諦めてる様」
「つまり‘取れない葡萄はすっぱい’?」
「……それはどことなく違うニュアンスかもしれないが」
あらあら、残念ねとため息ついて、わたし、
「もう一言言わせて貰うとね」
微笑んだ。
「そういうのが山に対する差別や偏見に繋がるんじゃないの?」
ということで、さぁまぁちゃん。山岳部に入りましょうよ。