最後の審判

 

 

「おい、政! これ見てみろよ!」

 そんな叫び声と共に金髪の男の子が同じクラスの男の子の机に突っ込んだ。

 政と呼ばれた黒髪の男の子はそれがいつものことなのか何も動じない。

 他のクラスメイトもその金髪の男の子の行為に気にも留めない様子だ。

 今は授業が終わって昼休み。

 昼食をとろうとお弁当を持って仲の良い友達のとこへ行く者もいれば

 購買部でパンを買おうとダッシュで教室を出て行く者も居る。

 だが、この金髪の少年は手に一冊の本を持って政と呼ばれる黒髪の男の子のもとへ向かっていった。

「信長よ。たまには大人しく来てくれないか?」

 政が答える。

「俺はいつも大人しく来てるぞ?」

 信長と呼ばれた金髪の男の子は自信満々に言った。

 そんな信長の様子に諦めたのか政は用を目的を聞くことにした。

「そうか。もう良い。ところでなんだ?」

「これを見てみろよ!」

 信長は机の上に一冊の本を広げた。

「お前、それ美術の本だろ? どうしたんだ?」

 政が不思議そうに聞く。

 何故ならこの高校に美術という科目は無いのだ。

「あ? ああ。面白そうだったから図書室から持ってきたんだ」

 信長が得意げに話す。

「お前……図書の人に許可とったか?」

「許可? 何で本借りるのに許可がいるんだ?」

「はあ〜。本を借りるから許可が必要なんだよ」

 政がため息をつきながら話す。

「そんな細かいこと気にすんなよ。ところで早くこれ見てくれよ!」

 信長にとっては本当にそんなことはどうでも良いらしい。

 政は諦めたように信長が開いたページを見た。

「これがどうした?」

 そこには真ん中の人間を中心に周りに多くの人間が描かれた絵があった。

「これすごくねえか? 『最後の審判』ってやつなんだぜ!」

 信長がまた得意げに話す。

「だから何だ?」

「こんなすごい絵を政に教えてやろうと思ったんだ。どうだ? すごいだろう?」

「お前俺がこの絵を知らないとでも思ったのか?」

「あん? 知ってるのか?」

「当たり前だ! 『最後の審判』の作者は十六世紀に活躍したイタリアのルネサンス時代の有名なアーティストであるミケランジェロで、その絵はシスティナ礼拝堂の壁面に描かれてるぞ」

「壁に描かれてるのか?」

「ああ、実物を見たことは無いがすごいらしい。確か最近その絵を修復したとかいうニュースが流れてたな」

「礼拝堂の壁に勝手に絵を描いても怒られないのか?」

「怒られるに決まってるだろう! ミケランジェロは教皇クレメンス七世に命じられて描いたんだ。ちなみにミケランジェロはその他にも彫刻家としても有名で『ダヴィデ像』などを作っていて……

「ストップ! もうその話は良い!」

 信長が慌てて止める。

「何故だ?」

 政は止められてちょっと不機嫌そうである。

「お前が話すとノンストップだから俺が止めてやったんだ」

 信長はそんな政の機嫌もお構い無しにさらりと言う。

……

 そんな信長に政は無言のプレッシャーをかける。

「そういえば結局最後の審判って何なんだ?」

 そのプレッシャーも信長は気付かなかったらしい。

……

「どうした?」

「いや、なんでもない。最後の審判か?」

「ああ、手短に頼む」

「最後の審判ってのは天国行きか地獄行きかを決めることだ」

「誰が決めるんだ?」

「その絵の真ん中に立っているイエス様だよ」

「どんな基準でだ?」

「そんなのものは知らん」

「それじゃ、俺って天国に行けるか?」

……行けないだろうな」

「それじゃ、政はどうだ?」

「俺も……行けないだろうな」

「それじゃ、誰が行けるんだよ?」

「誰も行けないさ」

「あん?何でだ?」

「罪が無い人間なんて居ないからさ。みんな何かしらの罪は犯してる。だから天国には行けないだろうよ」

「でもよ、その罪を償えば良いんじゃないのか?」

「それじゃ、逆に聞くがどうやって償うんだ?」

 政のその質問に信長は少し考えた。

「善いこと……すれば償えるんじゃね?」

「善いことって何だ?」

「う〜ん、良く分からないけど善いことだよ」

「善いことか……そうだな善いことを沢山すれば天国に行けるかもな」

「だろ? よし、俺は善い事して天国行くぞ!」

 信長が意気込むように言う。

「そうか。それじゃこの本を図書室に返してさらに図書の人に謝って来い」

「え、何で?」

 その信長の疑問に政は笑顔で答えた。

「図書室の本を勝手に持ち出すのは善い事じゃないからだ」

 

 

おわり