お題64「主張」  『音系シリーズ 箏曲さんが行く!!』番外編

 ある夜のある大学で……。
「勝ったぁ!」
「げっ!」
「うわ、負けないようにしないと!」
「いや、負けても箏曲そうきょくさんだから大丈夫なような」
 教室の机を囲んで5人の男女が真剣な顔をしている。勝った一人は笑顔だが。
 5人はトランプでばばぬきをしていた。
「よっしゃ! 俺2番!」
「えー! マスターずるーい!」
「ずるくないずるくない」
 2番目に勝ち抜けた“マスター”なる男性が勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。
「あ、僕、あがりです」
浅井あさいまでー!?」
「はい」  
 穏やかな笑顔を浮かべて浅井と呼ばれた白い服がよく似合う青年が席を先に勝ち抜けた2人のいる方へと移動する。
「よっし、綾瀬あやせ、一騎打ちだ!」
「……賭け、続行なの?」  
 遠目で見てもスタイルの良さと美貌が目を引くような女性と、落ち着いた感じの青年が向かい合っている。
 あくまで真剣勝負、そんな表情だ。
「当たり前でしょ!」
「……まあ、一位はお嬢だから僕は酷いこと言われないだろうけど」
「私だって! 瑛子えいこちゃん優しいんだから!」
「……じゃあ、議長が負けたらお嬢にこの間借りた1500円返しなよ?」
「……絶対負けねぇ!」  
 議長と呼ばれた女性が燃える。  
 それを勝ち組メンバーは見て楽しんでいた。
「おっ、議長と副議長の一騎打ち、燃えてるなぁ」
「正確に言えば議長がやたらに燃えてますけどね」  
 穏やかな空気とは別に、一騎打ちの2人は静かに燃え上がっているようだった。  
 副議長が議長の右のカードに手を伸ばし、意を決したように引き抜く。
「……!」
「やーいっ! 綾瀬の負けーっ!」  
 議長が立ち上がり喜びを示す。  
 よほど1500円が返せないのか、勝ち組メンバーは心の中でそう思った。
「負けた……勝つ自信あったのに……」  
 副議長はがっくりと肩を落としていた。  

 ここはとある大学の教室、音系おんけいサークル連絡会議の会議が行われ、その後雑談で盛り上がっていたところ、5人の賭け事が始まってしまったというわけだ。  
 メンバーは議員のうち5人。  
 明るい茶色の肩ぐらいまで延ばされたサラサラした髪に抜群のスタイルが眩しい、議長の柚原ゆずはら沙里奈さりな。  
 短めに切られた黒髪とスーツが社会人のような姿である劇団白芸はくげい議員の通称マスター、山口やまぐちゆき。  
 黒髪に色白で白い服がどこか華奢な感じを与えるものの、まっすぐな目と穏やかな笑顔からは人の良さが溢れ出ているグルービーサウンズジャズオーケストラ議員の浅井あさい貴史たかし。  
 長いまっすぐな黒髪と色白でぽっちゃりした姿、ゆっくりとしたしゃべり方がお嬢様風、箏曲研究会議員の千鳥ちどり瑛子えいこ。  
 そして、敗者である落ち着いた色合いの茶髪に黒い服装が小柄なわりに大人の雰囲気、副議長で管弦楽団議員の綾瀬あやせあきら
「綾瀬が言い出したんじゃない、1位ばビリに何でも言うこときかせられるっていう賭けしたばば抜きやろうって」
「僕、こういうのは強いんだよ、それに……」
「それに?」
「お嬢は絶対弱いと思ったのに!」  
 綾瀬が瑛子をねるようににらんで言う。
 当然、逆恨みのように睨まれた瑛子は困り顔だ。
「何で箏曲さんは弱いの?」
「お嬢さち薄いから!」  
 あまりにもズバッと言われ、瑛子は目を細める。呆れているのか怒っているのかわかりにくい表情だった。
「まあ、綾瀬、自分の仕事は自分でなさい。というか賭け事の前に狙う相手決ってるのはおかしいけど」
「しかも理由不純すぎ」  
 沙里奈とマスターが苦笑しながら言う。
「だって、この部分もお嬢に書類やってもらおうと思ったのに」
「もう瑛子ちゃん大部分請け負ってるんだからそれぐらいやりなさい!」
「え〜」
「え〜、じゃない! 瑛子ちゃん次期部長なの、しかも次も音系議員やるの! 大変なの!」  
 議長と副議長の攻防に、標的であるはずの瑛子は穏やかに微笑む。
「瑛子ちゃん! 笑ってないでガツンと厳しい命令言いなさい!」
「え?」
「一位でしょ! ビリに命令!」
「んー、ってことは、私が綾瀬さんに命令するんですか?」
「そう!」  
 綾瀬以外全員(といっても3人だが)の頷きを見、瑛子はうーんと腕を組んで考え込む。  
 首を1回傾げてから、綾瀬の方を向いた。
「じゃあ、綾瀬さん」
「え、あ、書類僕に回すのは勘弁。お金もありませんのでおごりも……」
「弱音を前に吐くな! 敗者の分際で!」
「……いえ」  
 瑛子がにっこりと微笑む。
「次、遅刻しないでくださいね」  
 一同が固まる。  
 沙里奈に至っては額に手を当てて呆れるようにしていた。
「うん! お嬢ありがとう! やっぱりお嬢は神様、天使さまだよ! じゃあ僕そろそろ帰らなきゃ! お疲れ様でした!」
「ちょっ! 綾瀬!」  
沙里奈が止める間もなく、逃げ足速く綾瀬がその場を去る。
「まさに脱兎」
「……はぁ、瑛子ちゃん、綾瀬に甘すぎ」
「あ……ごめんなさい」
「ま、そういうところもお嬢様の良いところなので俺は好きですけどね」
「お嬢様言うな」
「はは、じゃあもう帰りましょう。1月の夜は寒いよ」  
 浅井に言われ、沙里奈、マスター、瑛子共に教室を、校舎を出た。  
 吐く息も白く、思わず手を擦り合わせたり、身震いする。  


 家の近い瑛子は3人と別れ、家の方向へと歩いていった。  
 他の3人は地下鉄に乗り込む。
「書類押し付けちゃえばいいのに、箏曲さん相変わらずお人好しなんだから」
「そうはいうものの、瑛子ちゃん、人に仕事押し付けられないでしょ」
「……相手が綾瀬くんじゃなおさらですね」  
 3人が溜め息をつく。  
 ここにはいないが瑛子と仲の良い女子軍団含め、音系の中核メンバーは大体気付いている。  
 瑛子が何で綾瀬にベタ甘状態なのか。
「まーったく、あんな遅刻魔の何がいいんだか! 今までの彼氏とかが相当駄目男だったのかな?」
「……箏曲さん、彼氏いない歴イコール年齢だって言ってたよ?」
「え? 嘘ー!? 瑛子ちゃんすごく良い子なのにー」
「女の子に囲まれて生活してるからまあ、いないのもわかる気がするけど」
「えー、じゃあ私が貰うー」
「議長、そういう軽はずみな発言は感心しません」  
 電車に揺られながら、冗談の言い合いはつきなかった。  
 3人ともどこか瑛子を心配しているそぶりは隠しきれなかったが。  


 そんなときもあった。


「何でそんなこと急に思い出したんですか?」
「ん、今日書類渡しながら引継ぎしたから」
「遅っ! 今もう音系会議引継ぎ式から1ヶ月たつ頃ですよ!?」  
 郊外キャンパスのコミュニティーセンター3階外。  
 3月、感覚的には春だが外はまだ肌寒い。  
 ちょっと冷たい風に吹かれながら元副議長、綾瀬が苦笑しながら頭を下げる。
「まったく、もう4年生なんですからしっかりしてくださいよ!」  
 瑛子が腰に手を当て、呆れ顔ながら厳しい目で綾瀬を睨んだ。
 丸顔の幼いイメージに反してやや威厳も垣間見られるようだ。
「お嬢ちょっと見ない間に怖くなった?」
「多少部長になって横柄さがレベルアップした気はしますが……綾瀬さんはお変わりないようで」
「それはあんまり褒められてないんでしょうねぇ」  
 瑛子と綾瀬の間に少し黒い空気が漂う。  
 2人の笑顔が不自然に眩しい光景である。
「でさ、また話に戻るんだけど」
「何です?」
「僕、あの賭けの後また遅刻しちゃったじゃない?」
「……そうでしたっけ? いつものことなのであまり記憶に残っていませんね」
「……やっぱお嬢怖くなった。まあいいや、で、ここでたまたま会ったのも縁っていうか、お嬢、もう1回命令して。僕ルール守りきれてないから」  
 瑛子はまた困った顔をした。  
 以前とは違った、やや悲しそうな困り顔だった。  
 綾瀬の方も、ふざけた印象は伺えない。
 静かな、容姿に似合う落ち着いた笑顔を浮かべて立っていた。
「何でも、いいんですか?」
「うん、何でもいいよ」  
 綾瀬が返事をすると、瑛子は何故か自分が追い詰められたような顔をした。  
 風が頬を撫でる。  
 一瞬涙のようなものが見えた。  
 でも、それはほんの一瞬だった。  
 顔を上げた瑛子。その表情は少し勝気な、“今の”瑛子だった。
「じゃあ、暴言吐きますがおとなしく聞いて下さい」
「……うん」  
 瑛子は怒った顔で綾瀬に近づく。  
 女性では平均よりやや背が高い瑛子と男性にしてはかなり小柄な綾瀬の目の高さはほぼいっしょ。
「よっくも遅刻ばっかしてくれたな! 一体何時間待ったと思ってるんだよ! 1回に3時間、それも1回きりじゃないっていうのはどういう領分なわけ!?」
「……ごめん」
「しっかもミューフェスのパンフ! 最初と分量が違うんだよ! いつの間にか仕事増やしやがって!」
「……そうだったね、ごめん」
「遅刻はどんとこいなくせに私のちょっとしたリズムの狂い見逃さず注意ばっかしやがって!」
「いや、それは……」
「うっせー! 私に管弦のクオリティ求めるなっつーの! ったくちょっと可愛いからっていい気になりやがって! 私だって背低く生まれたかったわよ!」
「お嬢言ってることが段々滅茶苦茶になって……」
「1コ上だから、学科の先輩だからずっとずーっと見逃してきたけどな! どんだけフォローしたと思ってるんだよ! もう!」
「うん、すごく、助かった、ありがとう」
「嫌いだ! 管弦さんなんて! 副議長なんて! 綾瀬さんなんて!」  
 瑛子がそこまでまくしたてると、ぜぇはぁと息を吐く。  
 長い距離でも走ってきたような呼吸の仕方だった。
「ムカつくよ……そんなんなのにさ、そんな駄目男タイプなのに、物凄く優しいなんて、さ……」
「お嬢……」  
 瑛子の荒い呼吸が段々静かになる。  
 夕焼けに照らされたその女性は哀愁を帯びているようだった。
「嬉しかった。ことの話一生懸命聞いてくれて、管弦や他の音楽のこといろいろ話してくれて、いっしょに合奏して」
「…………」
「気の滅入り心配してくれて、『がんばってるんだから大丈夫』って励ましてくれて……本当に嬉しかった」  
 瑛子が何か遠い記憶を辿る。  
 目は遠くを見ていた。  
 だが、その瞳は澄んでいる湖のようだった。
「嬉しかった、すごく助けられた。でもフォローいっぱいさせられた」  
 瑛子は笑った。苦笑でもなく、楽しそうに。
「楽しかった、ありがとう」
「……お嬢、でも、浅井さんや百合谷ゆりたに……」
「うん。2人にもすっごく励まされた。でも、綾瀬さんが一番箏の話聞いてくれたから」
「え?」
「箏の話聞いて貰えてすっごく嬉しかった。だから、私やっぱり箏が好きなんだって。やっぱりやめられないって。だから、今続けられてる。今の私があるのは、きっと綾瀬さんのおかげだから」  
 瑛子の表情はどんどん穏やかになっていく。  
 それは音系の時、綾瀬がよく見る瑛子の笑顔だった。  
 音系議員の仲間に向けられる安心しきった安らかな笑顔。
 いつも瑛子が無意識に纏ってしまう敵意は欠片もそこには無い。
「だから、大好きだったの。ずっと」
「……お嬢、僕は」
「だから幸せになって、いつもニコニコしててね」  
 風が優しく吹き抜ける。  
 綾瀬は目を丸くした。  
 下から聞こえてくる金管楽器の練習音もどこか優しく聞こえた。
「私、別に尽くすタイプとかじゃないから。フォローさせられると時々ムカつくの。でも、誰かが私のがんばりで笑顔になるなら私はいくらでもがんばれるの。大好きな人なら尚更」  
 瑛子はそう言うとくるりと回って深呼吸した。
「無理するなって言ってくれたけど無理してないの。がんばりたいの。誰かのためになりたいの。綾瀬さんや浅井さんや百合谷さんみたいに。議長さんやマスターさんや実波みなみさんみたいに、若様、長田おさださん、ああ、音系議員はみんな憧れだからキリがない!」
「そっか……ちなみに、一番憧れてるのは誰?」
「浅井さん!」
「…………」  
 間髪入れない瑛子の答えに一瞬綾瀬は固まった。
「そこ、普通僕って言わない?」
「言わない! 私遅刻しない!」  
 瑛子と綾瀬が言い合いを始めるかと思いきや、噴出して笑う。
「……えっと、以上です」
「……うん。じゃあ、もうそろそろ練習戻るね。今まで、本当にありがとう。それじゃ、次の管弦の子もよろしくね」
「遅刻しないよう教育してください〜」  
 2人の静かな笑い声が余韻を引く中、一人の影が瑛子に近づいた。
「良かったの?」
「美奈ちゃん……」  
 現議長であり、前年度はサニー議員であった錦川にしきがわ美奈子みなこが少し不安げな表情で瑛子を伺うように見る。
「言いたいことは言った。だからへーき!」
 にっこりと満面の明るい笑みを浮べて瑛子が返答する。
「瑛子ちゃんさ、知ってた、よね、綾瀬さん……」
「彼女さんいることでしょ? 随分前、夏休みぐらいから愚痴で聞いたことあったから」
「……瑛子ちゃんにはあまり関係ないんだね、きっと」
「うん。だって好きになっちゃったもん」  
 瑛子が失態だ、と言って舌をちょこっと出した。
「私は好きな人に好きになってもらおうなんて思わないから。そんなことより自分の幸せよりひたすらその人の幸せを祈るから、だから、好きな人が、少しでも笑顔になってくれるよう私はやれることするだけ。でも、もう大丈夫。最近綾瀬さん、疲れた顔しなかったから」
「上手くいったのかな」
「だといいなぁ。彼女さん、アレの相手大変だろうけど。応援するしかないけど、っても顔わからないけど。でさ、上手くいったらきっと綾瀬さんいつも笑ってるから、私嬉しい」  
 瑛子と美奈子、2人とも橙色の空を清々しい表情で見上げる。  
 共に音系議員をやった仲間である人であるならお互いのことは大体わかる。
 美奈子も瑛子の考えそうなことだと、思いながら、風にショートボブの髪を揺らしていた。
「瑛子ちゃんにもそう思ってくれるような人が傍にいてくれるといいのにね」
「え?」
「そしたら瑛子ちゃんもいつも笑ってるかなって」  
 美奈子が優しげに微笑む。  
 美奈子の黒髪が夕日の光で温かみのある色に映る。
「瑛子ちゃんが笑ってると私も何か嬉しいから」
「私も美奈子ちゃん笑ってるほうがいい」
「じゃあ笑いっこすればいいのかな?」
「あはは、そっかもね」  
 瑛子と美奈子の楽しげな声がコミセンに響く。  
 
 それを聞いて、その姿を見て、安心した人たちがいたとかいなかったとか。  


 今日も千鳥瑛子は誰かの笑顔のためがんばることを続けてる。  

 愛する人へ言った自分の主張を胸に掲げながら……。



〜あとがき〜
 音系シリーズから書くお話も多いですね;
 でもこれは全然実話じゃないです♪
 前半コミカルに、後半はちょっとせつなくそれでも清々しい瑛子の青春(綾瀬さんへの想いと美奈子ちゃんとの友情)でお送りしました。
 瑛子は自分ががんばることで誰かが笑顔になったり助かったりすることが一番の生きがいみたいに思ってます。
 それは相手が友達であったり仲間であったり、誰にでも言えることです。
 そして恋愛観に関してはまず好きな人の幸せを第一とするのであんまり自分を好きになってもらおうという意思が無いようです。
 私もそうですね。
 なのであの略奪愛とかいうのは私嫌いだったりします(苦笑)
 自分の幸せを掴みたいというのは誰にだってありますけど、好きな人と誰かが幸せにやってるのだったらそれを邪魔しちゃいけません。というか私だったら絶対できません。
 あと少女漫画とかでよくある友達と同じ人好きになって抜け駆けしようとする主人公の気持ちも絶対わかりません。
 なんでそんなに自分のことだけ優先できるのかなーと。
 まあ、人それぞれですが、たぶんそういう思想の人は私とは仲良くなれないでしょう(私自分勝手な人大っっっ嫌いなので)
 音系シリーズ、とりあえず1年目音系議員の瑛子の話で完結(なのか?)系のお話ですがもしかしたら2年目の話も出すかもしれません。
 新管弦さん書くの大変だぁ(爆発系変人ですから/ぇ)
 1年目音系議員は本当にキャラになりやすくてお話も書きやすいです(笑)