お題79 夕日
「いぶなんて、いなくなっちゃえばいいんだ」
ギラギラまぶしい太陽。
目が合ったら、カァって光ってこうげきしてきた。
いたい!
目の前に白と緑のへんな円がひろがった。
この前までやさしそうだったお日様も、今はきっとボクのことキライなんだ。
お日様だけじゃない。
そうだ。あの日までのボクの幸せなセカイは、もう終わったんだ。
マンションのなかよし広場一立派な木の上で、ふんぞり返ってあくびするネコ。
にゃーじゃない、そこはボクの席だぞ。
本当はあそこまで行って追っ払いたいところだけど、今はかまってる暇じゃないからやめた。
あ、二つとなりの山田さんちのおくさんがパンパンになったスーパーの袋をもってこっちに来る。
あの人はボクが忙しい時に限って聞きたくもないだんなさんのグチを長々とする要注意人物だ。
気づかないフリしてキョウコウトッパ。
いてて、ダレだよこんなとこに空きカン置いてったやつは!
目の前にちゃんとゴミ箱あるじゃないか!
うー、しりもちついちゃった。
暗くなる前に着かなくちゃいけない所があるのに……。
しりもちをついたシュンカンにぱんぱんになっていたリュック――青木サッカークラブってかいてある、かぶっているぼうしと同じ青い色の――から飛び出した“冒険セット”をあわてて拾い集めながら、ボクは、今ボクの周りをとり囲んでいる全てのものに対してムカついていた。
「ぜんぶ、いぶのせいだ!」
お日様がイジわるく見下ろすのも、ネコがボクの席をとるのも、山田さんのおくさんがおしゃべりなのも、空きカンが道ばたに落ちてるのも。
全部、全部、いぶのせいだ。
きっと、いぶがイジワルカイジンのぶかだからにちがいない!
「おとうさんもおかあさんもあいつにだまされてるんだ……!」
だって、そうじゃないと、ツジツマが合わない。
今までボクにとってもやさしかった二人が、急にボクに全くかまわなくなるなんて、そんなのいぶがマホウをかけた以外に考えられるわけがない!
ボクは背中にゴツゴツする感触とずっしりとした重みを感じながら、お昼時の商店街を独りで歩いていた。
きちょうな日ようびのお昼にふくらんだリュックをしょって歩いているボクは、おばあちゃんちに一人で遊びに行くわけじゃない。
毎しゅう日ようびに通っているサッカークラブも今日はめずらしくお休みだから、本当はこれをしょっているはずはないんだ。
じゃあ、なんでボクはサッカークラブのリュックをしょって商店街を歩いてる……あ、そこのお花屋さんでおしまいだ。
じゃあ、歩いていたのか。
理由はカンタン。
ボクが、ついさっき家出したからだ。
本当は今ごろかぞくみんなでゆう園地でチョコミントアイスを食べてるはずだった。
ライオンの形をした黄色いフウセンを買ってもらうはずだった。
そして何より、この前のしんたいそくていで120センチをこしたボクは、大すきなおとうさんとおかあさんに、やっとのれるようになったミニバイキングからカッコよく手をふるつもりだったんだ。
それを、おとうさんの次の休みに実行しようとしていたそれを、おもいっきりぶちこわしにしたのが、今年の冬に生まれた七つちがいのボクのいもうと、いぶきなんだ。
きのうの夜、ご飯を食べながらおかあさんがすまなそうに言った。
「ごめんね、啓太。やっぱり明日はちょっと行けないわ。いぶの風邪、まだ治らないのよ。熱も昨日より上がっちゃったみたいだから、明日はお父さんと日曜日も開いてる病院に行かなくちゃならないの」
ボクはとってもビックリしたけど表には出さないように、「ふうん」ってだけへんじした。
そのままごはんをいっきに食べきると、顔を見られないように下をむいたままごちそうさまを言って、二階の自分の部屋にかけこんだ。
「いぶがいなければ、よかったんだ……!」
ボクはくやしかった。
男はなかないものだっておとうさんが言ってたけど、とってもとってもくやしかったから、ふとんの中にもぐりこんで声が外に聞こえないようにして、なきまくった。
後で帰ってきたおとうさんがおかあさんといっしょに部屋をのぞいたのに気づいたけど、ボクはねてるフリしてむししてやった。
ボクのことなんかどうでもよくなったくせに、まだ気をつかってるみたいに部屋をのぞく二人に頭にきた。
頭にきたから、一度とまったなみだが、また出てきたんだ……。
ボクは商店街をぬけた後何度かあった分かれ道を、曲がらなかった。
そのまままっすぐ五分くらい歩くと、友だちとよくサッカーのれんしゅうをするワンパク公園にたどりついた。
さいしょの目的地まで、あと半分。この太い道路を、ずっとまっすぐ行けばいいんだ。
ワンパク公園には、今日が日ようびでとっても天気がいいから、人も花もそれにあつまってくる虫もいっぱいいた。
だけど、その中で一人ぼっちの仲間はずれはボクだけだった。
しばらくぼーっと入り口のさくの前に立っていると、近くでおとうさんとおかあさんといっしょにボール遊びをしていた小さい男の子がころがったボールをおいかけてヨタヨタ走ってきた。
ボクがハイってボールをわたしてあげると、男の子はよろこんでおとうさんたちの方へもどっていった。
でも、その後に何かを言われたみたいでもう一度ボクの方をふり返ると、大きな声で「あーがと」とさけんできた。
ちょっとてれくさかったボクはそのままかぶっていたぼうしで顔をかくして公園からとび出しちゃったけど、三人がこっちを向いていないのをこっそりかくにんすると、しばらくそのようすをながめていた。
――なんだか、昔のボクを見ているみたいだなぁ。
おとうさんとおかあさん、それにボク。
三才のたんじょう日プレゼントでボールを買ってもらって、おとうさんのお休みにはかならずここにつれてきてもらったっけ。
……だけど、今はちがうんだ。
ボクはさいしょの目的地である駅に向かって一直線にのびる道を、全力で走り出した。
キップを買おうと思ったボクは、はん売きに手がとどかなかった。
だけどそのおかげで、親切なおじさんにボクのさいしゅう目的地までの行き方を教えてもらうことができた。
かいさつを通って、階段を上がって、また下りて。おじさんはボクを二番ホームまでつれて行ってくれると、「ボウヤ、乗り換えるのは九つ先の駅だからな。降りた後どれに乗るかは、もう一度その駅の人に聞くんだ。いいかい?
よし、迷子になるんじゃないぞ」と言い、ボクの頭をぼうしごとグワシグワシとなでつけて、今下りた階段をまた上っていった。
ずっとその背中をだまっておっていたボクだったけど、おじさんが向こうのホームに下り立ったときにお礼を言っていないことに気がついて、手をブンブンとふりながら力いっぱい「ありがとうございましたー!」ってさけんだ。
おじさんは、まわりの人がいっせいにふりかえったからおどろいてたみたいだけど、すぐにボクに手をふりかえしてくれた。
その後すぐにボクの電車が来て、ボクはだれもおりる人がいないのをカクニンすると、あなにあしがひっかからないように大またでのりこんだ。
そしてのりこんだ電車のまどから、おじさんがどんどんちいさくなるのを見ていた。
ボクはきちんと九つ目の駅でおりて、そこでさいしゅう目的地の「東野ゆうえんち前」駅への行きかたを、もう一度駅員さんに聞いた。
かいさつをぬけると、そこは夢の国だった。
ボクといっしょにいっぱい人がおりたけど、おなじくらいの年のこはみんな大はしゃぎでおとうさんとおかあさんの手をひぱってボクの前をかけてった。
ポップコーンとフランクフルトかな?なんだかこうばしいにおいがしてくるぞ。
あ、そういえば次に行くときにはぜったいフランクフルトにマスタードをつけられるようになるって、おとうさんとやくそくしたんだっけ。
ボクは入場口までみんなのなみにのって歩きながら、そんなことを思い出した。
列にならんでいるひまに空を見上げると、まだお日様がでているのに、遠くの方で高くて大きーいかんらん車がピカピカ光っていた。
ここを入ってすぐのところにある大きな花時計を人と人のあいだからのぞき見ると、三時十五分をさしている。
「お次のお客様、どうぞ」
あたりをせわしなく見まわしていたら、いつのまにかにボクは列の先頭に立っていた。
あわてて係のお姉さんが入っているボックスの前に身をのり出してせのびした。
「お客様、お父さんとお母さんはご一緒じゃないんですか?」
緑の制服を着た若くてやさしそうな笑顔のお姉さんが、やっぱりやさしそうなかわいらしい声で言ってはいけない言葉を口にした。
「いっしょじゃ、ないです……」
ちょっとキズついた顔になったボクを見てか、お姉さんがあわてたように「そ、そうですか、偉いですねー! それでは入園チケットは四百円、ワクワク乗り放題チケットは三千二百円になりますが、どちらになさいますか?」と早口で聞いてきた。
やさしそうな笑顔がちょっと引きつってる。
何がえらいのかさっぱりわからない。
お姉さんのそんな様子を見たらなんとなくもうしわけない気分になったけど、そんなことはそんなことよりさっさと中に入りたかったから、入園チケットを買ってそこを通りすぎた。
園内に入ってすぐ、あの花時計の前できねんさつえいをしている何人かの親子が目に入った。
この前来たのはたしか去年の今ごろだったから、テレビの上にかざってある写真を見ると、きっとあれとそっくりなお花が写っているにちがいない。
本当だったら、それとおんなじ写真が来週には二枚にふえている予定だったんだ。
ただ一つ、いぶが写っていることをのぞいて。
大きな花時計の広場から一直線にずっとのびているサクラの道のおくに、ピンク色のハデなかいてんキカイ、おみやげを買ってもらったショッピングセンター、やたらと人のあつまっているところが見えた。
ボクは、広くて、あかるくて、いいにおいがして、なんだかここが本当のボクのセカイじゃないような気がしてきた。
ちょっとむねが苦しい。
このままここにじっと立っていると、夢の国にすいこまれちゃうんじゃないかなって、不安になった。
そんなきもちをおいはらって、ボクはせっかくだから一つくらいのりものに乗ることにした。
でも、大すきなゴーカートのチケットはかたたたき四十回分のねだんがついていたから、あきらめてチョコミントアイスを食べることにした。
ボクはアイスを食べながら、ヒーローショーをぼーっとながめていた。いつもだったら大こうふんしておうえんするのに、今日はなんとなくそんな気分にはなれなかった。
「いっけー、レッド! イジワルカイジンのぶかになんかまけるな〜!」
となりの男の子が、またさけんだ。
イジワルカイジンのぶかなら、ボクんちにもいるよ。
心の中でそうつぶやくと、チクッとなにかにさされたようないたみをむねに感じた。
「ボクは、なにもわるいことしてないのに……」
そう言ってはっと気がついた。
わるいことをしていないのはぼくだけじゃない。
そうだよ、いぶだってなんにもしていないじゃないか。
――どうして自分より七つもちっちゃな女の子にこんなきもちになっちゃったんだろう?
チクチクむねをさすいたみが、だんだんズキズキ音をたてはじめた。
ボクは、ヒーローレッドがカイジンをたおすのを目に写していた。
もっていたアイスがドロドロになって地面にボタって落ちるのも、それに虫がたかってきたのも、目に写していた。
だけどなんにもかんじなかったのは、きっと目から入ってきたこのセカイがニセモノだったからだ。
本物のセカイは、あのときに夢の国とひっくりがえっちゃったんだ。
ちゃんと起きてたはずなのに、なぜだか空がオレンジ色にかわっていた。
空の色をかえたちょう本人のお日様は、今ではボクをバカにしたりなんかしていない。
直せつ見ても目が痛くないから、きっとボクのことキライじゃなくなったんだ。
静かだなって思ったら、まわりにはボクのほかにお客さんはいなかった。
もう一度空を見上げると、まん丸の夕日は家族でかこんでご飯を食べる、ボクんちの食たくにそっくりだった。
春だけどまだまだ寒い夕方に、ボクはきのうよりもきっとあったかいなみだをながした。
そういえばいぶのこと初めて見たときに、あのまん丸の顔が同じ病室にいたどのこよりも元気よく笑っていたから、太陽みたいだなって思ったんだ。
今わかったことだけど、いぶの笑顔は元気がいいっていっても昼間のギラギラ太陽じゃなくて、夕日みたいにあったかいなって感じてたんだ。
そんなことを思い出せたのは、ボクがちゃんと夢の国から帰ってこられたってこと?
「そうだ、ボクには帰るとこがあるんだ!」
こんな時間までどこにいってたの、とかかってにでかけちゃだめ、とかおせっきょうのセリフを頭に思いうかべては、自然に笑ってるボクがいた。
家に帰ると、ボクはアンノジョウ怒られた。
それで、初めておとうさんにバシンってやられた。
やっぱりボクのこときらいになっちゃったんだって思ったら、大つぶのなみだがばっとこぼれた。
カッコワルイとも思ったけど、声までだしてないちゃった。
だけど、ボクの服のそでをつかんでなにか言ってくるおとうさんを、えいってつきはなそうとして顔を上げたら、そのおとうさんのかおもまたないちゃいそうだったから、ボクはなきながら笑いだした。
「おとうさんも、男じゃないね」
いきなりなき笑いしだしたボクに、おとうさんもいぶをだっこしたおかあさんもいっしゅんポカンってなったけど、立ち上がったボクがいぶのあたまをなで始めたから、きっともっとビックリしたにちがいない。
ボクが笑いかけたら、いぶのぷっくらとしたまん丸い顔が、うれしそうにふにゃっとなった。
たぶん、ボクがこの夕日みたいないぶをずっと大切にするんだって決めたのは、このときになるんじゃないかな。
そのあと家族四人で食たくを囲んで夕ご飯を食べたら、ボクをまっていたために冷めきっちゃったご飯も、なんだかあったかい気がしてきた。
家族の笑顔は、あの日見た夕日色。
終。