お題32「雪」
『雪〜あなたへの想い』
えい作の『音系シリーズ箏曲さんが行く!』 より書かせていただきました。
実録です。暴露です。登場人物の設定はこちら
「外真っ白になっちゃいましたねぇ」
窓の外を見ている私に、タクシーの運転手さんがそう言った。
「積もりますね……入試シーズンなのに……」
私は視線の位置をずらすことなく、そう返した。
服についてもなかなか融けない雪、きっと積もるね、と若様が言ってた。
しんしんと夜遅い街を、白い綺麗な雪が降る。
私の気持ちも、いつか雪のように融けるのかな……。
あなたへの想いはいつか何も無かったように私の胸の中から無くなるのかな……。
今日は音系引継ぎ式だった。
外は非常に寒いが、1練は暖かい。
大きめの練習室。古びたピアノが2台ある。ぼろぼろのイスがたくさんある。机は無いから下から白い長方形の机を失敬してきてU字型に並べてある。その周りに新旧議員が座っている。
普通の会議を終わらせた後、引継ぎ式が行われた。
私は新旧兼ねていたので2回挨拶した。それは美奈ちゃんもいっしょだったからそんなに恥ずかしくは無かったけど。
20サークルもいるから、議員も多い。正直覚えられない、って思った。
議長には美奈ちゃんがなった。副議長には新管弦さん。会計には新混声さん。書記には私だ。引き継ぎ式も終わり、打ち上げの参加者を募ったが、意外に少なかった。
「うぐ〜っ!」
「だ、大丈夫?」
実波さんが心配する。机を下に運ぶ作業。男手で、といったが箏曲は力仕事に男も女も無いので……と思ったが、やっぱりしんどい。近くにいる、男手……。
「だ〜っ! 綾瀬さん男の子でしょ!? やってくださいよっ! って無視かいっ!」
「……ハイハイ」
綾瀬さんが、苦笑しながら机の脚を持ち、手のひらをひらひらと横に動かし、私に代わるということを示す。
私はいつものように、小生意気に言って代わってもらったが、本当はそんな小生意気な口叩きたくなかった。優しい笑顔を浮べて話しかけたかった。もう……この人と会うのも最後だから。運び終えて戻ってきた時も話したが、授業のこととか、そんな話で……言うべきことも、言おうか迷ってたことも何も言わずに別れた。
きっとこれが私と綾瀬さんの最後の会話。
私たちは音系議員同士じゃない。
もう会わない。
居酒屋で新議員、旧議員、それぞれテーブルを囲む。お酒と簡単な料理を机には並べてある。
打ち上げは大人数では無いが、新旧それぞれ盛り上がった。新議員の子たちとのおしゃべりも楽しかった。今日話した新しい議員の子も良い人だらけだった。私は安心した。横にいる新議長となった美奈ちゃんとも2年目同士の話をしたりする。
「でも、あの人が私の話を一生懸命聞いてくれたから、私は箏曲をやめずにすんだ」
「なんだかんだで良い人でしたね」
「うん」
綾瀬さんのことが話題に出た。打ち上げにはこなかった。逆に安心した。きっと顔を見てたら辛くなる。
「でも、瑛子ちゃんと綾瀬さんはアレかなーって」
「アレ?」
「議長と言ってたんですよーアレがアレでアレーな」
美奈ちゃんの発言に、私は苦笑する。本当はわかってた。みんな気付いてる。本人だって絶対知ってる。
「うん、アレだったよ」
私はさすがにセンチメンタルな気分だったのか、寂しい感じの声でそう言った。美奈ちゃんは特に騒ぎもせず、そっと頷いた。
「そっか。ミューフェス前ね、2人すっごく仲が良いから、もしかして付き合ってるのかなとか思っちゃったけど」
「それは無いよ」
「ほらあっちのあの人もミューフェス通じて彼女できたから、こっちもサプライズかって」
「議長さんもそう言ってたの?」
「うん。2人が隠れて付き合ってるか、そうでなくても瑛子ちゃんはきっと……」
私は苦笑気味に、そっと微笑んだ。さすが音系議員。やっぱり気付いてたね。この間マスターさんと話してる時も、この人気付いてるなって思った。音系の仲間は箏曲の人とは違う。私の変化にもすぐ気付くし、でも気配りができる人たちだからこそそっとしておいてくれる。もちろん、助けが必要な時はそっと手をさしのべてくれる。あの人、綾瀬さんもそうだった。
「悔しいけど、私は、ね」
本当に悔しい。あんなに遅刻されて待たされたのに、お金だって私だけで持ったし、いろいろ仕事増やされたし……なのに、なのに……。
『箏曲さん、気滅入ってるよ、大丈夫?』
なんであなたはそんなに優しくしてしまったのだろう。
『箏曲さんは箏が好きなんだなぁ』
なんでそんなに私の話を一生懸命聴いてしまってたのだろう。
あなたがそうでなければこんな辛い気持ちにならずに済んだのに。
「でも、良いことだよ」
「そうかな?」
「うん、素敵なことだと思う」
美奈ちゃんも優しくて周りを気遣ってあげられる子だ。興味本位にはやしたてたり、気持ち言えばいいのになんて人の気も知らないようなことも絶対言わない。ただ、私がこんな気持ちになったこと、それを穏やかに肯定してくれる。私は、それが暖かくて、心地よかった。
みんな入試バイトという、うちの大学入試の手伝いを依頼されているサークルでもあるためオールにはならなかった。私も帰ることにした。若様や百合谷さんもやっぱりわたしの“あの気持ち”に気付いてた。でも、暖かく見守ってくれてるだけだった。
帰ってる途中、雪が激しくなってきた。吹雪いているわけではない。しんしん静かに降っている。でも、きっと積もる雪だった。
若様と百合谷さんと私で、他愛も無い話をして帰るのが月曜のお決まりだった。もう、それも無い。きっとこれが最後の3人の帰り道になる。
本当は私の帰り道は2人と違った。でも、もう少しだけ3人で歩いていたかったから、タクシー代が飛ぶことになったけど、私は歩いた。
雪がしんしんと降る。
真っ暗で静かな商店街。
3人の静かに笑う声と吐く息の白さが哀愁を誘う。
「バイバイ! 瑛子ちゃん、これからもがんばってね!」
一人になった私の肩に雪が積もる。
泣きたくなってきた。
みんな行ってしまう、この雪のように。
美奈ちゃんや平原さんは残る。
きっと新しい議員の子とも楽しくやっていける。
でも若様も、百合谷さんも、実波さんも、浅井さんも行ってしまう。
綾瀬さんも……。
永遠の別れではなくても、もう会うことは無い。
雪が触れて、手が冷たくなる。
唇をキュッと結んで、寒さに、終わったものに耐えるように立ち尽くす。
私の黒髪に相反するような真っ白な雪が絡みつく。
ふと、仲間が私の頭を撫でてくれた時を思い出した。
ぽんぽんとちょっと背の低い(その手の主からすれば)私を撫でた議長さん。
からかうように髪をくしゃくしゃと撫でてきたマスターさん、実波さん。
がんばった、と褒めて優しく撫でてくれた浅井さん。
意味なく、何故か頭を撫でてきた……綾瀬さん。
「…………」
空を見上げた。
雪がどんどん降ってくる。
私の顔にもその白いものが落ちてくる。
でも、何故かあったかく感じた。
「大丈夫、まだいける」
私は、誰にも聞き取れないような小さな声でそう言うと、手を上げてタクシーを止めた。
「外真っ白になっちゃいましたねぇ」
窓の外を見ている私に、タクシーの運転手さんがそう言った。
「積もりますね……入試シーズンなのに……」
私は視線の位置をずらすことなく、そう返した。
雪は融ける。
雪は永遠じゃないから綺麗
雪は短い時間しかそこに無いからこそ美しい
音系議員の人といっしょにいられるのは大体1年
でもその1年しかない時間を大事に思う
その1年の思い出は何より綺麗で美しく輝いている
雪は融ける
雪は融けて水になる
私のあなたへの想いもいつか消えていくのだろう
でも無くならない
きっとその時は“私を励ましてくれた暖かな仲間”という優しい感情になる
融けた雪の水が綺麗なように
融けた私の想いも澄んでいるだろう
「でも、今は……」
もう少しだけ、この雪が融けないことを祈りたい。
もう少しだけ、この雪が雪のまま水にならないことを願う。
私は、指でそっと、曇った窓ガラスに文字を書いた。
――綾瀬 明を愛したことを誇りに思う――
千鳥 瑛子
〜あとがき〜
あとがきというか今の気持ちです。(2006.2.7)
音系の引継ぎ式&打ち上げから帰ってきてすぐ書きました。
というわけで実録です(みなさん名前は私がつけたものですがね)
もういろんな方々にバレてたことなのでど〜んと想いの限り書いてみました。
箏曲さんは管弦の綾瀬さんが好きだったのです(苦笑)
そして、私も管弦さんが好きでした。本当に大好きでした。そして最後の言葉どおりです。私は彼を愛したことを本当に誇りに思います。彼を好きになって良かったって思います。あの人に会えなかったら私は今、箏曲を辞めるどころか箏を弾いていなかったかもしれません。自暴自棄になっていたかもしれません。きっと今の私は管弦さんがいなければ成り立たないと思います。いつかまた別の人を好きになっても、私が箏を弾いている限り、あの人への恩義は一生忘れないでしょう。
そして、音系議員のみなさん、本当にお疲れ様でした!
新議長さんと共に次もがんばります!
みなさんのことも、そういう好きっていう感情は抱かなくても、本当に、本当に大好きでした、いえ、ずっと大好きです。
みなさんがいてくれたからがんばれました。
管弦さんにも、みなさんにもありがとう、ってちゃんと言いたかったです。
どうしても気恥ずかしくて……。
でも、夜が明けて、太陽が高く昇った時間に音系での大好きな仲間にメールでいいからお礼の文章を送りたいと思います。そしてまた、会えたらなって強く思っています。
『箏曲さんが行く!』の最終回チックな話となりました。しかもコメディじゃなくてせつないです(ぇ)
メモなし、製作時間1時間未満のお話で、自己満足ですが、書きたいものを書かせていただいたと思います☆